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ESSAY
後の雨の恵みがやんだ理由
by.CGNTV
hit 87 recomend 21 2019-01-16 03:26:28

後の雨の恵みがやんだ理由

 

ところが、人々は、雨を与えてくださる方が神であるにもかかわらず、神の前に出て行かず、虚しい偶像の神々を探しに出かける。これこそが、後の雨の恵みがやんだ理由である。

 

ゼカリヤ10:2-3テラフィムはつまらないことをしゃべり、占い師は偽りを見、夢見る者はむなしいことを語り、むなしい慰めを与えた。それゆえ、人々は羊のようにさまよい、羊飼いがいないので悩む。わたしの怒りは羊飼いたちに向かって燃える。わたしは雄やぎを罰しよう。万軍の主はご自分の群れであるユダの家を訪れ、彼らを戦場のすばらしい馬のようにされる。

 

古代近東の農耕社会では、人々は雨と関連した多くの神々に仕えていた。バアルは当時、最も流行していた偶像で、雨を呼ぶ雷と稲妻の神である。ゼカリヤ書10章2節から三節は、雨を得るために当時の人々が頼りにしていたテラフィムと占い師と偽りの夢を指摘している。

テラフィムは、韓国語ウリマル訳では「偶像」と翻訳されているが、当時の人々は、人間の姿に造られたテラフィムがいわゆる吉凶を判別してくれると信じ、家庭の守護神と考えた。当時テラフィムは、吉凶を判断する携帯用の偶像であるだけでなく、それを所有することは、その家の相続権を継承 するということも意味した。ラケルが父ラバンのテラフィムを盗んで出て来たことは、偶像礼拝の次元ではなく、後に父の相続権を主張するためであった。その夫にしてその妻である。

占い師は、動物の肝や死者の死体を調べて占う者を指す。当時、広く使用されていた占い方であった。偽りの夢とは、偽預言者たちが偽の悪い夢を作り出して人々を惑わすことを指す。

このような偶像や偽りの詐術を頼みに雨を降らせようとしたが、その結果、かえって天の雨がやみ、地は実を出さず、霊的にも物質的にも破滅に至った。雨は万物を治める神が与えてくださるものであり、神に祈ることで得ることができるものなのに、自然を治めることができない虚しい偶像や迷信を頼みとしたからである。

 

エレミヤ14:3 異国のむなしい神々の中で、大雨を降らせる者がいるでしょうか。それとも、天が夕立を降らせるでしょうか。私たちの神、主よ。それは、あなたではありませんか。私たちはあなたを待ち望みます。あなたがこれらすべてをなさるからです。

 

絶望的なことは、偽りの偶像礼拝を根絶させて神のもとへ導くべき羊飼いと指導者たちが、かえって先頭に立ってこのようなことを行ったため、イスラエルが羊飼いのない羊のようにさらにさまようことになったことである。神は、民を羊飼いのない羊のようにさまよわせ、苦しめたイスラエルの指導者たちに対して叱責される。

 

ゼカリヤ10:3 わたしの怒りは羊飼いたちに向かって燃える。わたしは雄やぎを罰しよう。

 

指導者たちは、民を偶像から離れさせるどころか、偶像礼拝を助長して、さまようままに放置したため、神の怒りを受けなければならなかった。

 

 

本文は、『悔い改めは神の恵み』 (イ・ジェフン著、日本Duranno書院)より、抜粋したものです。

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