絶望した者に必要なもの | |||||
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絶望した者に必要なもの
チェ・ジュフン 中央ルター教会 主任牧師
すべての人が病む「絶望」
この本が一時期『青少年勧奨図書』だったという話を聞き、「これだけ学んだ私でも読み進めるのが難しいこの本が青少年向け?」と思い、それは無理だと笑ったことがあります。この本の内容は、その名にふさわしく、非常に重くて暗いものです。セーレン・キルケゴール(1813~1855)の人生そのものが、憂うつの連続だったためかもしれません。彼の人生は常に不安定でした。誠実だと固く信じていた父親の陰うつな過去を知って受けた衝撃、兄弟たちの早死と母の死、初恋のレギーネ・オルセンとの突然の婚約破棄、極度に敏感な気質と深刻なうつといった私的な問題の影響が、服に染みついた地下室の匂いのように、この本からもにじみ出てきます。「絶望」こそが「死に至る病」だという言葉から、著者の暗い内面を察することができます。
しかも、この本は読解が困難です。「哲学者の文章はもともと難しい」からではありません。理性と論理の合理性を追求するヘーゲル哲学に逆らい、信仰へと飛躍するキルケゴールの思考に慣れていないからかもしれないし、私たちには不慣れなルター神学の構成で書かれているからかもしれません。例えば「絶望は死に至る病だが、死なない。しかし、絶望は確かに死に至る病である」というように、ルター神学がよく使う弁証法的陳述は私たちにはしっくりきません。
しかし、この本を読んでいると、「なぜ」という質問を投げかける隙もなく、文章に入り込んでしまいます。その理由は人によって違うと思いますが、私ならこのように答えるでしょう。「この暗く重たい文章は、著者自身の悩みですが、この絶望の病は私の病でもあります。だから入り込むのです」
絶望しない人はいません。「死に至る病」は私たちすべてのための話です。問題は、この病にかかった人に著者が下す診断です。著者の言葉によれば、この病を治す秘法は私たちにはありません。さらに深刻なのは、死ぬ病にかかったのに、病にかかっていることさえ気づかないということです。キルケゴールが強調しているのは、まさにこの点です。
彼が診断する私たちの状態は、酒に酔ってこそ正常なようで、酔いがさめると苦しむアルコール依存者のようであるといいます。その状態で、常に空しいもので腹を満たしながら死に向かっているのです。希望の蜃気楼も見えず、絶望が絶望を呼んで抜け出せない奈落に落ちていきます。繰り返す絶望が、結局は死に至る病になります。絶望は現実です。
この病の治療薬、「信仰」
では、解決策はないのでしょうか。キルケゴールは希望があると言います。それを示すために、絶望について、信仰の枠の中で、哲学の表現で説明しています。彼によると、絶望の種類は多様ですが、「自分が結んでいる関係が失われるときに起こる症状」が絶望です。この哲学的説明を信仰の枠で言い換えると、絶望は「罪の状態」です。この絶望を解決する方法は、私たちにはありません。「死に対する安全な解毒剤は信仰だけである」という聖書のメッセージと同じです。
この本の冒頭に、死んだラザロがよみがえるヨハネの福音書の箇所が出てきます。しかし、最終章まですべて読み終えると、この導入部が結論であったことが分かります。「信仰は死に勝つ」という使徒ヨハネのメッセージと、「罪に対する徹底した認識が救いの第一歩となる」という聖書のメッセージが、この本の骨組みになっています。キルケゴールは、絶望を否定的な死によって結論づけません。医者に自分の症状を包み隠さず話せば治療が可能になるように、私たちの絶望を神の御前で明らかにすれば、完全な回復も可能になります。信仰とは、このように「透明に神のうちにとどまること」であり、絶望したからこそ癒やされます。そこからようやく「本当の自分」を救い出すことができるのです。「罪の増し加わるところに、恵みも満ちあふれました」(ロマ 5:20)というみことばがぴったり当てはまります。ですから、死に至る病は、信仰がなくては理解することも治療することもできない神秘です。人間が神のかたちとして創造された存在なら、この世とパンだけを見つめて生きる「地平的な存在」では満足できません。上を見上げる信仰から始めなければなりません。信仰者に与えられた解毒剤は明らかです。罪の反対は美徳ではなく信仰であるため、「信仰に対する煩わしさ」こそ、罪と死に対する最高の治療薬なのです。
難しい古典を読むという気持ちではなく、自分の中の絶望に触れる思いでこの本をゆっくり読んでみてはいかがでしょうか。
絶望した人だからこそ癒やされます。
絶望を神の御前で明らかにすれば、完全に回復されます。
キルケゴールの『死に至る病』は、個人が神の御前に隠れることなく立つことによって、生まれつきの絶望から解放されると語り、信仰者の表面的な信仰生活に警告を与えています。
本文は、『リビングライフ STORY 2020年7月』 (Duranno書院)より、抜粋したものです。