HOME > Q.Tリビングライフ
リビングライフ
放映
リビングライフ
編数 :1026 状態 :放映 트위터로 보내기
      ウィンドウを開く お気に入りに登録
profile

1 私は神に向かい声をあげて、叫ぶ。私が神に向かって声をあげると、神は聞かれる。
2 苦難の日に、私は主を尋ね求め、夜には、たゆむことなく手を差し伸ばしたが、私のたましいは慰めを拒んだ。
3 私は神を思い起こして嘆き、思いを潜めて、私の霊は衰え果てる。セラ
4 あなたは、私のまぶたを閉じさせない。私の心は乱れて、もの言うこともできない。
5 私は、昔の日々、遠い昔の年々を思い返した。
6 夜には私の歌を思い起こし、自分の心と語り合い、私の霊は探り求める。
7 「主は、いつまでも拒まれるのだろうか。もう決して愛してくださらないのだろうか。
8 主の恵みは、永久に絶たれたのだろうか。約束は、代々に至るまで、果たされないのだろうか。
9 神は、いつくしみを忘れたのだろうか。もしや、怒ってあわれみを閉じてしまわれたのだろうか。」セラ

   

今日のみことばの要約

アサフは,苦難の日に慰めを拒み,神に向かって声をあげます。霊が衰え果てた彼は,神を思い起こして嘆き,昔,自分が夜に歌った歌を思い起こします。主が,自分をいつまでも拒まれ,決して愛してくださらず,恵みを永久に絶って,約束を果たされないのではないかと,不安な心で祈ります。 

 

みことばから

苦難の日に叫ぶ祈り (77:1~3)

苦難の時は謙遜に叫び,祈るべき時です。この詩は個人,あるいは民族の苦難の日の祈りの内容を扱っています。アサフは,不安の中で夜通し手を上げて神に叫びました(2節)。苦難にあう人々は大きく二つのグループに分けられます。ある人々は切実な心で神の前に出て,両手を挙げて祈ります。そうでない人々は慰めと助けを世に求めます。苦難の時に,まず人々に慰めと助けを求めるのは,神が主権者であることを心から信じていないからです。苦難にあっている聖徒に重要なことは,その苦難に込められた神の御心を知ることです。苦難の理由を知れば,耐える望みが生じます。苦難の時に神の前に出ていく者には望みがあります。神はその人の祈りの声を聞かれ,必ず答えてくださいます。

 

 - アサフは苦難の日にどんな態度をとりますか。苦難の時であれ,平安の時であれ,あなたの人生はだれに焦点を合わせるべきですか。


苦難の日の回想 (77:4~9)
人生に暗やみが訪れるのは,立ち止まって自らを振り返り,方向を転換しなさいというサインです。アサフは,苦難の夜に「昔の日々,遠い昔の年々」,つまり,イスラエルの救いの歴史を思い返します(5節)。しかし,それでも神に対する問いが残ります。中でも彼を最も恐れさせたのは「神は苦しんでいる私から御顔を背けられるのか」という疑いです。苦難の時が長くなり,回復に対する望みが遠ざかると「神は私を忘れたのだろうか」という思いに襲われます。イエスも十字架の上で「父よ,どうしてわたしをお見捨てになったのですか」と神に叫びました。しかし,イエスのこの問いは神に対する信頼に基づくものです。聖徒が苦難の中で叫ぶ問いも,神に対する信頼に基づくものであるべきです。

 

 - アサフが苦難の中で投じかけた問いは何ですか。今の状況を神の契約と結びつけて考え,神に正直な思いをぶつけてみましょう。

 

きょうの祈り

 不安の中で祈りの答えを疑っていた私の弱さを悔い改めます。疑いを捨て,過去をふり返ってみると,私が祈ったことよりも豊かに応えてくださったことに気づきました。人生の夜を通るとき,小さなうめきにも耳を傾けてくださる主に,信頼しつづけることができますように。

 

* リビングライフの文章のコンテンツ著作権は、ツラノ書院にあります。

一般画質 オーディオ
No Update Title Lecturer Play
選択項目を連続再生 選択項目をお気に入りに登録