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用意している者が花婿を迎える
by.CGNTV
hit 335 recomend 57 2022-02-25 14:44:40

用意している者が花婿を迎える

 

ハ・ヨンジョ オンヌリ教会 前主任牧師

 

 

[ マタイの福音書25章1~13節 ]

 

天の御国は、イエス・キリストが十字架で救いを完成されたとき、私たちに臨みました。だれでもイエス様を受け入れた者には、天の御国が始まっています。そして、この世を生きていく私たちに、天の御国は今も成し遂げられています。ですから、この世の歩みは、古い人を脱ぎ捨て、天の御国の民として生きるための荒野の訓練なのです。

 

ともしびを持って花婿を迎える花嫁

イエス様は10人の娘のたとえを話されます。「そこで、天の御国は、それぞれともしびを持って花婿を迎えに出る、十人の娘にたとえることができます」(マタ 25:1)。イエス様は天の御国をどのように伝え、御国と私たちの関係をどのように描いているでしょうか。

天の御国とは第一に、花嫁を迎える花嫁のようだと言われています。花婿とは、イエス・キリストです。妻の立場は夫によって決まります。夫にお金があれば、妻も豊かに暮らして権力があり、地位が高ければ、妻も夫と同じ共同体の中で生きるようになります。妻が出世して夫がその地位と立場に従うこともありますが、それでも夫がだれであるかによって家庭の姿がある程度、決まるのです。

第二に、花婿であるイエス様を迎えるとき、ともしびがなければならないと言っています。天の御国は、花婿を迎えに出る花嫁のようですが、その花嫁はともしびを持って待っています。ともしびは、夜道をやって来る客を迎える案内の役割をするものです。ここでは、花嫁の資格について、顔がきれいだとか、学歴があるとか、能力があるなどの説明は全くありません。花婿を迎えに出る花嫁は、ともしびを持っていると言われているだけです。では、ともしびを用意するとは、どういう意味でしょうか。それは、終わりの時、主を信じる者が聖霊に満たされて力を受け、キリストの証人としての生活をすることです。ペテロの手紙第二を見ると、終わりの時、聖なる敬虔な生き方をして待ちなさいと言われています(3:11)。マタイの福音書24章でも、終わりの時には反キリストが現れるが、彼らに惑わされず、目を覚まして祈って備えていなさいと言われています。これが、終わりの時の「ともしび」を表しているのです。

 

イエス様の関心

聖書を見ると、花婿を待っている娘が10人いると言われていますが、その10人はすべての教会とクリスチャンを指しています。ところで、待っている娘の中には、愚かなグループと賢いグループがありました。「そのうちの五人は愚かで、五人は賢かった。愚かな娘たちは、ともしびは持っていたが、油を持って来ていなかった」(マタ 25:2~3)。おもしろいことに、愚かな娘も賢い娘も、ともしびを持っていました。私たちは、教会に行って同じように献金をし、奉仕をし、同じように礼拝をささげます。このことは、ともしびのようなものです。

人は、ともしびを大きく華やかにすることに関心を持ちます。しかし、イエス様の関心は油にありました。花婿を待っている10人の娘のうち、5人は油を持っておらず、5人は油を用意していました。ここで油を用意するとは、余分に油を持っているという意味です。ともしびだけがあっても、油がなければ意味がありません。

ここで油は、形式ではなく内容を意味しています。神様は、私たちの内容、つまり考えや心の中心がどうであるかに関心があるのです。どんなに教養があり、洗練された人のように見えても、神様はその人の心に関心があるのです。ですから、天の御国を待っている花嫁に必要なものは、ともしびだけでなく、ともしびに火をともす油なのです。

 

私たちの高慢を打ち砕かれる神様

「花婿が来るのが遅くなったので、娘たちはみな眠くなり寝入ってしまった」(マタ 25:5)。問題は、花婿が来るのが遅くなることです。花婿が何時に来るのか、だれも知りません。人は、すべてのことに期待し、計算します。私たちが期待し、夢見てきたことは、何に根拠がありますか。すべて私たちの経験や欲、理想を根拠に計算したものです。10人の娘は、花婿が来る時期を予測し、期待に満ちていたことでしょう。そして、その時期まで必要な量の油を用意していたことでしょう。  しかし、神様の時間と人の時間は違います。神様の方法と人の方法は違います。ですから、すべてのことが自分の思い通りにならないとき、「ハレルヤ!」と叫びましょう。「主よ、私の計画が崩れたので、あなたのみこころが成し遂げられる時です」と、神様を認めましょう。神様の関心は、私を徹底的に打ち砕くことにあります。キリストを信じてから私たちが直面する苦難は、神様が私たちの性格や性質を直し、謙遜にすることに関係があるのです。

花婿が来るのが遅くなることは、神様の失敗ではなく計画であり、用意ができた人とできていない人を区分される神様の方法です。花婿が来るのが遅れたために、どんなことが起こりましたか。賢い娘も愚かな娘も眠くなって寝入ってしまいました。

聖書は私たちに、目を覚ましていなさいと言います。しかし、人は常に目を覚ましていることができる存在ではありません。うとうとしてしまうのが人間です。神様は、そんな私たちを理解してくださいます。うとうとすることが問題なのではなく、油を用意していないことが問題なのです。

 

目を覚まして油を用意しなさい

「ところが夜中になって、『さあ、花婿だ。迎えに出なさい』と叫ぶ声がした。そこで娘たちはみな起きて、自分のともしびを整えた。愚かな娘たちは賢い娘たちに言った。『私たちのともしびが消えそうなので、あなたがたの油を分けてください。』しかし、賢い娘たちは答えた。『いいえ、分けてあげるにはとても足りません。それより、店に行って自分の分を買ってください』」(マタ 25:6~9)。娘たちが寝入っていたとき、花婿が来るという知らせが聞こえました。

ところが、この娘たちは最初から油を用意していなかったわけではありません。みなが油を用意していたのですが、それは花婿がいつごろ来るという自分たちの考えにしたがって用意したのです。しかし、5人は余分の油を用意し、5人は油を用意していませんでした。つまり、自分の考えを過信したのです。そして、花婿が来る決定的な瞬間に油が切れてしまいます。聖書を見ると、ともしびが消えそうになっていたことが分かります。

ここで私たちは、とても大切なメッセージを読み取ることができます。油を用意していなかった娘たちは、初めは悪くありませんでしたが、自分の考えや自分のやり方を過信したことに問題がありました。信仰は、初めも重要ですが、終わりも重要です。若いときにイエス様を信じることはとても良いことですが、本当に尊いことは、白髪になってもイエス様をよく信じることです。高齢になってイエス様をさらに信じることを、神様がどれほど喜ばれるか分かりません。

油を用意していなかった娘たちは、花婿が来るという知らせを聞いて戸惑い、油を用意していた娘たちに懇願します。しかし、断られて油を売っている所に急ぎます。「そこで娘たちが買いに行くと、その間に花婿が来た。用意ができていた娘たちは彼と一緒に婚礼の祝宴に入り、戸が閉じられた。その後で残りの娘たちも来て、『ご主人様、ご主人様、開けてください』と言った」(マタ 25:10~11)。花婿が来るという知らせを聞きましたが、だれも油を貸してくれないので、死に物狂いで店に油を買いに行きました。しかし、その間に戸が閉じられたのです。これが、このたとえ話のクライマックスです。

私たちの中には、いつも一歩遅れる人がいます。そのような人は、この世では見逃してくれることがあっても、霊的な世界では通用しません。戸が閉じられたので、残りの娘たちは言いたいことがたくさんあったでしょう。しかし、いくらたたいても、戸は開きません。これが、霊的世界の真理です。

「しかし、主人は答えた。『まことに、あなたがたに言います。私はあなたがたを知りません』」(マタ 25:12)。戸の中からは、あなたがたを知らないという答えが返ってきました。私たちは、機会があるうちに用意しておかなければなりません。決定的な瞬間が来たなら、戸はもう開きません。主が再臨されれば、それで終わりです。死が正確に来るように、主も来られます。それで、イエス様は「ですから、目を覚ましていなさい。その日、その時をあなたがたは知らないのですから」(マタ 25:13)と言われました。

このみことばは、私たち個人個人に与えられたメッセージです。イエス様を信じたとき、私たちすべてがともしびを用意していました。しかし問題は、油を用意しておかないことです。皆さんは聖霊に満たされて証人の人生を生きていますか。聖なる敬虔な生き方をしていますか。今日、イエス様が来られるとしたら、どうしますか。今は心の中を怒りや憎しみ、ねたみで満たす時ではありません。赦し、愛さなければなりません。信仰を深め、霊的に信仰の内容を満たさなければなりません。私たちの時間も健康も限られています。いつも油を用意しておきましょう。神様とさらに深い関係を持って、信仰を成熟させていきましょう。

 

祈り

父なる神様! 私たちが、ともしびはあっても油を用意していなかった娘のようにならないよう助けてください。油を用意し、花婿であるイエス様が来られる時、喜んでお迎えすることができるようにしてください。眠くなって寝入ってしまい、失敗することがあったとしても、栄光の主にお会いして婚礼の祝宴に入ることができるよう、あわれんでください。イエス様の御名によって祈ります。アーメン。

 

本文は、『リビングライフ STORY 2022年3月』(Duranno書院)より、抜粋したものです。

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