Why 一対一弟子養育: 養育者とはどんな人か | |||||
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Why 一対一弟子養育: 養育者とはどんな人か
オンヌリ教会 一対一弟子養育 担当牧師 イ・ギフン
一対一弟子養育課程において、養育者の役割はとても重要です。養育者の態度と姿勢が同伴者に直接影響を及ぼすからです。健全な養育者が健全な同伴者を生み出すことができます。同伴者課程と同様、養育者課程を16週行う理由は、それほど養育者の霊性と資質を高めることが重要だからです。一対一弟子養育課程において、養育者は以下のような資質を持つことを目標とします。
1. 養育者は母です
「それどころか、あなたがたの間で、母がその子どもたちを養い育てるように、優しくふるまいました。このようにあなたがたを思う心から、ただ神の福音だけではなく、私たち自身のいのちまでも、喜んであなたがたに与えたいと思ったのです。なぜなら、あなたがたは私たちの愛する者となったからです」(Ⅰテサ 2:7~8)。
パウロは、自分とテサロニケの信徒たちとの関係を、母と子にたとえています。母が子どもたちを養い育てるように育てなければならないというのです。養育者と同伴者の関係も同様です。このような態度は、一対一で養育する弟子養育の方法において、とても重要です。養育者は霊的な母として以下のように同伴者を養育しなければなりません。
第一に、養育者は、同伴者を最優先にしなければなりません。母は子どもを最優先にします。一家に子どもが生まれると、家庭のすべてのことが赤ちゃんを中心に考えるようになります。母親が子どもを中心としてすべてのことを調整するように、養育者は同伴者中心に時間とスケジュールを整理しなければなりません。養育する曜日、時間、場所などを話し合って決めると思いますが、基本的には同伴者に合わせるのがよいでしょう。
一対一弟子養育課程修了式のとき、ある同伴者が、最後まで同伴者中心に養育してくれた養育者に対し、特に感謝していると話すのを聞いたことがあります。修了式後、その養育者に同伴者が感謝していることについて聞いてみたところ、同伴者が自営業をしているので、一定の時間にすることができなかったそうです。もちろん本人も仕事のために大変だったとは思いますが、毎週、同伴者のスケジュールに合わせて養育をするのは、どんなに大変だったでしょうか。しかし、その結果、良い実を結ぶことができたそうです。
第二に、養育者は、同伴者にいのちの糧を十分に食べさせなければなりません。母親の最も大事な使命は、子どもを十分に食べさせ、健康に成長させることです。母親が子どもの成長に必要な糧、すなわち乳、離乳食、おやつなどを決まった時間に与えるように、養育者は同伴者に良質ないのちの糧を食べさせなければなりません。そうするためには、養育者は十分に準備しなければなりません。毎週行われる学びの内容全体を理解することはもちろん、必ず教えるべき内容と分かち合うことを、課題を見ながら具体的に準備しておきましょう。
第三に、養育者は、同伴者の心を推し量るよう努めなければなりません。母親は赤ちゃんの心を推し量ることができます。お腹がすいているのか、どこか痛いのか、おむつが汚れたのかなど、赤ちゃんの表情だけで状態を把握して、赤ちゃんに適切な対応をすることができます。養育者は、同伴者の霊的な状況をよく推し量って、聖書的に適切なガイドを与えることができなければなりません。そのためには、母親が目の高さを赤ちゃんに合わせて対話するように、養育者も同伴者と目の高さを合わせなければなりません。養育者は、いろいろな面で、未熟な同伴者と目の高さを合わせ、話を聞き、理解してあげるよう努めましょう。
以前、壮年部の信徒が青年部の信徒を養育したことがありますが、その部分で失敗して養育が困難になったことがあります。それで、今後、同じ問題で悩まされることがないように、青年文化を理解するための特別講座を開き、成果を得ています。しかし、何よりも母親がすべきことは、子どもを愛することです。養育者は、最善を尽くして、また愛をもって同伴者を養育しなければなりません。いのちまで与えたいと思うほどテサロニケの教会を養い育てたペテロの姿に見習いましょう。
2. 真理を教える教師です
「私がマケドニヤに出発するとき、あなたにお願いしたように、あなたは、エペソにずっととどまっていて、ある人たちが違った教えを説いたり、果てしのない空想話と系図とに心を奪われたりしないように命じてください。そのようなものは、論議を引き起こすだけで、信仰による神の救いのご計画の実現をもたらすものではありません」(Ⅰテモ 1:3~4)。
一対一弟子養育課程で最も重要なことは、真理を教えることです。弟子養育課程で分かち合いが重要なことは事実ですが、敢えて優先順位をつけるならば、真理を教えることが最も重要です。ですから、養育者は、福音と真理に確信をもっている人でなければなりません。福音の確信はもちろん、聖書を正しく理解することができ、神の御心を見極めることもできなければなりません。真理を教えるべき教師として、養育者は次のような態度で養育しなければなりません。
第一に、養育者は、ほかの教えを教えないようにしなければなりません。養育者は、教材から外れてほかの内容を扱ってはなりません。教材の内容だけでも養育は十分です。養育者が教材を無視してほかの内容を扱ったために、同伴者がつまずいて教会に問題を提起したこともあります。このような行為は実に誤った態度です。また、教材の内容についてあまりにも多くのことを教えすぎて、同伴者が負担を感じることもあります。このようなことは、おそらく養育者が自分の実力を誇りたいという欲のために起こる現象だと思われます。もう一度強調しますが、一対一弟子養育の教材の内容だけでも、十分に養育することができます。
第二に、養育者は、神学を教えてはなりません。時々、養育者が、同伴者を混乱させたり、つまずかせたりするような内容を教えることがあります。このような状況が起こる原因のほとんどは、養育者が神学を教えようとすることです。特に、福音や聖霊の内容、律法主義信仰について教える場合、混乱や論争が起こることがあります。また、養育者自身の信仰観を押し付けるような教え方はやめなければなりません。健全な養育者は、不必要な論争を起こすような内容は扱いません。
ある教会の同伴者課程の修了礼拝に参加し、説教をしたことがあります。修了式を終えて、同伴者たちの感想を分かち合う時間を持ちました。そのとき、ある姉妹が不満をもらしました。自分の養育者は、いつも聖霊の賜物のうち、異言ばかり強調したというのです。また聖霊の賜物について学ぶ課ではない日でも、聖霊の賜物を強調するので、不快感を覚えたそうです。
第三に、養育者は、真理だけを教えなければなりません。使徒パウロは、弟子のテモテに、養育者が取るべき態度について教えています(Ⅰテモ 4:6)。養育者は、信仰の根拠になる聖書のみことばと、それに基づいた信仰者の生活はどのようなものであるかを分かち合わなければなりません。養育者は、教材の内容を中心に進めるだけでも、十分に真理を教える教師になることができます。同伴者は、このような教えを通して信仰の枠組みを築き上げ、生活の分かち合いを通して霊的な成長を経験することができるでしょう。
3. 養育者はアドバイザーです
「また、ご承知のとおり、私たちは父がその子どもに対してするように、あなたがたひとりひとりに、ご自身の御国と栄光とに召してくださる神にふさわしく歩むように勧めをし、慰めを与え、おごそかに命じました」(Ⅰテサ 2:11~12)。
養育者は、真理を教える教師であると同時に、自分の歩みを分かち合うアドバイザーにならなければなりません。弟子たちにとってイエスは、師であると同時に、すばらしいアドバイザーでした。彼らが何をするべきかわからないとき、どのように生きたらよいかわからないとき、イエスは適切に導いてくださいました。彼らが失望したり失敗したりしたときも、叱るより、励ましのことばをかけられました。使徒パウロも、テサロニケの教会のすばらしいアドバイザーでした。パウロは、自分とテサロニケの教会の信徒たちを、父と子の関係にたとえています。パウロは、信徒たちが苦難と迫害の中でも信仰を守っていたとき、父親のように彼らを励ますことはもちろん、堅く立っていることができるように応援しました。
養育者は、同伴者の良いアドバイザーにならなければなりません。信仰生活はもちろん、家庭や社会での生活で生じるさまざまな問題に対して、良いアドバイスを与え、支えてあげなければなりません。使徒パウロはアテネにいたとき、テモテをテサロニケの教会に遣わして、彼らが苦難の中にあっても動揺することがないように励ますアドバイザーの役割を果たすようにさせました(Ⅰテサ 3:1~3)。パウロは、アドバイザーの真の姿はどのようなものかを示しています。養育者は、次のような態度をもってアドバイザーの役割を果たすようにしましょう。
第一に、養育者は、同伴者の信仰生活のコーチにならなければなりません。健全な父親は、子どもの人生のコーチをします。父親は、子どもたちが成長していく過程で直面するさまざまな状況や出来事に備えて、適切にコーチします。そして、人生の目標や方向性も示してあげます。このように、養育者は同伴者の「どのように」または「なぜ」という信仰と人生の疑問に対して適切に教えるコーチにならなければなりません。そして、養育過程で、同伴者のクリスチャン人生の方向性と目標についても助けてあげなければなりません。
第二に、養育者は、同伴者の支持者にならなければなりません。健全な父親は、子どもの支援者になります。父親は、子どもたちが自信を持って人生を生きていけるよう、いつも応援します。失敗や過ちを犯したときは慰めと励ましのことばをかけ、うまくいったときはほめてあげます。父親は、子どもたちが成熟するときまで、彼らの人生に強く介入せず、静かに忍耐しながら待ちます。イエスも、失敗だらけの弟子たちに忍耐し、待ってくださいました。このように、養育者は、同伴者が霊的に正しく立ち、健全な信仰者としてこの世を歩んでいけるよう、応援と支持を惜しみません。また、養育者は、同伴者が正しく立つことができるまで、忍耐しながら待ちます。
第三に、養育者は、同伴者の模範にならなければなりません。健全な父親は、子どもたちに模範を示します。子どもたちは、子どものころから父親と一緒に生活する中で、信仰と人生、価値観、世界観などについて自然に見ならっていきます。養育者は、同伴者と一緒に過ごす16週過程の中で、知らず知らずのうちに模範を示し、同伴者は養育者から影響を受けるのです。そして、自分が養育者になったとき、それまで見て学んできたとおりに養育する場合が多くあります。実際に教会の中を見てみると、同伴者課程を終えた人々の多くが、養育者の影響を受けて教会生活における態度が変えられ、養育者として仕える働きを始めています。
本文は、『リビングライフ STORY 2019年5月』 (Duranno書院)より、抜粋したものです。