生き様に現れる福音宣教 | |||||
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生き様に現れる福音宣教
リバーサイドチャーチ岡山教会 牧師 牧 一穂
聖書に、大きく分けて2種類の人の生き様が記されています。神様から離れて生きた人と、神様と共に歩んだ人です。後者にはいつも恵みといつくしみがあり、多くの実を結びました。
1.岡山とクリスチャン起業家たち
岡山県は、神様と共に歩んだ、歴史に名を残す偉人がいます。石井十次、留岡幸助、山室軍平、ペティ・アダムスなどです。岡山の中心になる多くの企業がクリスチャンによって始められ、大原孫三郎を筆頭に、岡山県の主要な都市は、クリスチャンの様々な働きによって社会基盤が作られました。しかし、現在は信仰が薄れ、教会は衰退し、存続の危機にあります。
私は、十字屋グループという105年続く企業4代目代表であり、牧師でもあります。曾祖父は神社神主の家系でしたが、新島襄、金森通論を通して信仰に入り、一人は牧師になりました。倉敷の大原孫三郎の支援を受けて孤児院を日本で初めて創設したと言われている石井十次という方がおられますが、私の曽祖父は大原氏と共に孤児院へ支援をし、県北真庭からリアカーで米を寄付していたようです。
2.神様からのビジョンと使命
世界を見ると、歴史の背景には教会の働きがありました。戦後の岡山でも、神様のみわざはまさしくそうでした。当時の様子を見聞きすると、イエス様がサマリヤの女一人に関わられたように、クリスチャン起業家が一人の貧しい人に関わる心が溢れているのを感じます。個人と深く関わり、隣人として人生を回復させ、神様に結びつけました。すると、その地域社会に変化が訪れました。
私のビジョンは、当時の岡山のように、クリスチャンがキリスト教会と世の中「行政・社会」との架け橋となり、地域に必要とされることです。その中心であり目的は、いつも福音宣教です。宣教の入口、架け橋として、いかにクリスチャンがキリストの香りを放ち、世の中で神様の証と栄光を現すかということです。
3.岡山教会とグループの現在の働き
1)事例、真庭市での働き 現在、私たちは行政、企業、団体、教会が連携し一体となって活動しています。中山間地域の財政が少しずつ改善され、コミュニティーが回復し、お年寄りが集まってボランティアをし、子どもたちの教育活動に関わっています。荒れた農地に次世代が関わり、その産品が都市で売られています。その資金は高齢者や子どもたちにもかえります。彼らに生きがいとやりがいが生まれます。これらのコーディネートをクリスチャンが行っています。
2)教会での救い その関係から多くの方々が教会に導かれ、救われました。また、真庭での活動と教会が行うNPOのイベントをジョイントさせて、子どもたちが多くの経験をし、夢が生まれます。クリスチャンが愛で奉仕をし、働きが進むと、必ず救いの伴う奇跡が起こります。教会は、子どもからお年寄りまでが集まり、志を共有し、愛し合い、多世代によるコミュニティーを形成しています。
韓国のハ・ヨンジョ先生は、教会に座っている者の数より、送り出されたしもべの数と質のほうが大切だと語られました。礼拝する教会と同時に、愛をもって宣教する教会になりたいのです。愛と涙を持って心から祈る礼拝者が、今度は泥と汗にまみれて地の塩となるために送り出される教会になることを祈っています。
4.クリスチャンリーダーの使命
神様に仕えるリーダーは御国が完成させられていく働きを担っています。クリスチャンは教会の中だけで生きるのではなく、出て行ってすべての造られた者に福音を伝えるのです。岡山の未来の中心にクリスチャンの人生、仕事、生活を見たいのです。
冒頭で触れましたが、聖書には神様と離れて生きた人と、神様と共に歩んだ人という2種類の人の生き様が記されています。私たちが造られた目的は、すべてのものが、神様の御国に保たれるようになることです。ですから、私たちの生き様が地域にキリストの姿を現し、その結果として回復と救いが起こり、人々が、社会が、世界が変えられていくと信じています。
「神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行わせてくださるのです。すべてのことを、つぶやかず、疑わずに行いなさい……いのちのことばをしっかり握って、彼らの間で世の光として輝くためです 」(ピリ 2:13~14, 16)。主が岡山で起こしてくださった小さな福音宣教の働きが、一粒の種のように地面の下で根を張り、キリストの愛の中で大きな救いのみわざの実が生まれますようにお祈りを宜しくお願い致します。
牧 一穂
リバーサイドチャーチ岡山教会牧師。神主から改宗し献身して地域に仕えた曾祖父母の思いを引き継ぎ、地域の問題解決と福音化というビジョンを持って献身し、地域に仕えている。
本文は、『リビングライフ STORY 2019年11月』 (Duranno書院)より、抜粋したものです。