災害特別支援座談会(1) | |||||
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災害特別支援座談会(1)
日本CGNTV放送番組より
この度、中村陽志師、草井琢弘師、大友幸一師、清家弘久氏をお迎えし、災害特別支援座談会を開きました。(以下、敬称略)
災害発生時と支援の様子
中村 2016年に熊本地震を経験しました。前震では停電と断水があり、教会の楽器や音響機器、本棚、食器などがめちゃくちゃになりました。震源地の益城町にボランティアに行きました。本震で被害が広がりましたが、その後、避難所への物資の搬送を始めました。また福岡の横田法路先生から連絡を頂き、九州災害支援センターを発足し、被災地では「キリストさん」と呼ばれ、とても信頼を得ています。
草井 岡山は2018年の西日本豪雨で被害を受けました。真備という地域が大きな被害を受けましたが、ハンガーゼロから連絡を頂き、災害支援に踏み出すことができました。ボランティアを集め、炎天下の中、個人宅の泥出し作業をしました。被災者の方に耳を傾けるよう心がけました。そんな中、口コミでこの働きが広がり、真備児童館の復旧作業の依頼が来ました。現在は長期支援として他団体と提携し、居場所作り・子ども支援・仮設支援に取り組んでいます。
大友 2011年の東日本大震災で、私たちの教会では6家族が津波の被害にあい、そのうち2つは家の教会でした。しかし、その家のリーダーが「家はなくなったが福音は伝えられる」と言って支援物資を配るなど素晴らしい働きをし、その働きを通して80代のご夫妻が洗礼を受けました。津波被害があった地域は田舎で、今までキリスト教が入らなかった地域です。最初は信用してもらえませんでしたが、だんだん信用されるようになり、依頼がたくさん来るようになりました。クリスチャンが喜んで作業をする姿を見て「大切な家に入れてくれてありがとう」という声を聞きます。
清家 ハンガーゼロは、1981年からアジア・アフリカ・中南米で活動しています。1995年に阪神淡路大震災があり、この時に初めて国内の活動を始めました。私たちは、教会が地域に手を差し伸べるよう励まし、ともに働きます。私たちはいつまでもその地にいるわけではありませんが、「あの時、教会に助けてもらった」という思いは必ず残るので、教会の奉仕を手伝う姿勢を貫いていきたいです。
心の支援について
草井 タリタクムという団体の先生が来て、スタッフのメンタルチェックをし、今は傾聴セミナーをしてくださっています。まず私たちがケアを受け、人々をケアをする準備をしています。
中村 中学校での復興支援のコンサートに約1割の生徒がトラウマのために参加できませんでした。地震から3年経っても、まだトラウマが残っているのが現状で、彼らにどう寄り添うのかを学んでいます。
清家 私たちは、牧師とその家族に被災地から離れて休息をとってもらい、そこでメンタルケアのセミナーを開催しました。大きい教団は1、2ヶ月間、別の牧師を派遣することができますが、小さい教会は難しいです。地域の牧師方が、情報交換して、互いに祈り合っていかなければ活動が続けられないと思います。
大友 牧師のリトリートはあったのですが、被災者のリトリートはなかったので、宮城宣教ネットワークでは、年に2回ほど被災者の方に松島の温泉で一泊してもらいました。同じ地域の被災者同士はあまり分かち合わないため、違う地域の被災者と話す機会があり、癒やしになったようです。
神様がいるのになぜという疑問にどう答えるか
草井 なぜかは分かりませんが、神様の守りがあることを伝えます。災害は避けられませんが、神様がそれを最小限に抑え、私たちに力を与えてくださっているのだと信じています。
中村 確かな答えはありませんが、神様が試練を乗り越える力を与えてくださいます。また私たちは被造物であるということを痛感させられることも大きいと思います。
大友 私はラザロの話の中で、イエス様が涙を流されたという部分を話し、イエス様は一人の死を無駄には思っておられないと伝えます。震災があったためにクリスチャンと出会い、聖書と出会い、神様の愛を知った方もいます。それも一つの答えかなと思います。
清家 ある先生が「なぜ災害が起こったかは分からないけれど、私たちの姿勢としては『神様にあえて理由を問わない』」と言われました。喜ぶ者とともに喜び、悲しむ者とともに悲しむ。それを教会の方々は忠実にされていると思います。
中村陽志牧師(熊本ハーベスト教会、九州キリスト災害支援センター副理事長)、草井琢弘牧師(岡山めぐみキリスト教会、岡山キリスト災害支援室 委員長)、大友幸一牧師(塩釜聖書バプテスト教会、宮城宣教ネットワーク代表)、清家弘久氏(日本国際飢餓対策機構ハンガーゼロ理事長)
番組は下記のアドレスより視聴できます
CGNTV『災害対策特別座談会』 http://bit.ly/3aCgBCK